最近感動することが減ってきた時の理由とは

最終更新日:2017年2月23日

あなたは最近感動して涙をすることがありましたか?

前までは自然と感動できていたことでも、最近になってなかなか感動をする機会がなくなった、減ってしまったという人も多いものです。

なぜ感動することが少なくなってきてしまったのか、その理由を知れば、また感動することができるようになるかもしれません。

1.気持ちに余裕がないから

気持ちに余裕がない場合、素直に感動することができなくなってしまいます。

仕事で忙しくて自分の自由な時間がなかなかとれない、睡眠時間が少なくいつも寝不足、しなければならないことがいっぱいあり他のことを考えられないということがあります。

バタバタしている生活や仕事によって、気持ちに余裕がなくなってしまえば、感動する余地がなくなってしまいます。

知らない間に「あれもしないと、これもしないと」と焦りの気持ちを持ってしまってはいないでしょうか。

いつもせかせかした状態で、隙がない自分になっていると、感動している場合ではないとどこかで感じてしまいます。

余計な理性を働かせないためにも、ゆとりある生活や、時に息抜きできる時間を設けてみると、徐々に気持ちにも余裕が出てくることでしょう。

2.気にかかることがあるから

あなたの中に、大きな悩みや気にかかっていることがあると、感動の邪魔になってしまう場合があります。

感動する映画、感動する状況を目にしているのに、どこか冷静な目で見ている場合は、他に気になっていることを考えてしまっていることがあります。

感動しそうになっているものの「明日○○しないといけないんだ」「これからどうしよう」という悩みに近いものを持っていると、自分の中で感動よりも先に悩みを優先してしまいます。

感動できるシチュエーションが非現実的なものであり、悩みが現実のものとなれば、当たり前に現実の世界を中心にしてしまうのは仕方がないことです。

感動をしたいと強く意識したり、必死になっているだけでは、まだ感動はできないままです。

まずは現実の気になっていることや悩みを早急に解決し、邪魔するものを排除する必要があるでしょう。

3.感動に慣れてしまったから

年齢が上がっていけば、自ずと経験することも多くなっていきます。

若い時には感動できたことが最近になって感動できなくなってしまったのは、慣れによるものかもしれません。

人は失敗を克服したり次に活かしたりと、日々成長して学習していく生き物です。

感動も同じく、その時に感じた初めての感動から学ぶこともあれば、免疫もできてしまいます。

それによって「この程度では感動できない」と思うようになってしまい、感動する機会が次第になくなっていってしまいます。

これは大人になった証であり、色んな経験をたくさんしてきた証拠でもあります。

感動することが少なくなってきたと感じることがあれば、新たな挑戦をしてみたり、新しい環境に自分を置いてみると、昔のような感動を手にすることができるかもしれません。

経験したことのないようなことにチャレンジしてみると良いでしょう。

4.客観的になり、冷めてきているから

大人になると「そんなはずがない」「これは想像の世界」と、どこか客観的に見てしまうことがありますよね。

ファンタジーの世界で感動しそうになっても「これは作り話だし」と冷静な自分が邪魔をして、せっかくの気分を自分で台無しにしてしまうことあるでしょう。

ただ客観的になることは、一人の人としてはとても良い方向性です。

感情移入することができていた昔は、素直に感動することができるというメリットがあったかもしれませんが、現実の世界では感動よりも客観視が重要なことが多く存在します。

仕事をするにしても、プライベートにおいても、また人間関係においても、客観的であることを求められることは多くあります。

周りからは「冷めている」「冷たい」と思われてしまう性格になってきているかもしれませんが、中身が大人になり、冷静な見方ができるようになってきているということです。

決して悪いことではなく、むしろ大人として成長したと捉えれば、良く思える点になるでしょう。

こうしたタイプの人は、作られた作品や映画を観たりするのではなく、現実の物語や話に感動を覚えることが多い傾向に。

感動しようと映画を観たりするのではなく、ドキュメンタリーなどの現実物を見てみると、意外と感動できるかもしれません。

感動できるようになろう

感動し涙を流すことによって、どこか晴れ晴れとした気持ちを後から感じることがあるでしょう。

ただ、その感動自体ができなくなってきたという人は、感動できない理由をまずは知るべきです。

どうして感動できなくなってきたのか、理由を知ることで自分に足りないものを知れたり、変わってしまった一面に気付けることもあります。

無理に感動するよう行動するのではなく、感動すると思っているジャンルを変えてみると、案外すぐに感動してしまうこともあるものです。