厚切りジェイソンの正論まとめ。日本の常識を疑ってみよう

最終更新日:2016年4月3日

「WhyJapanesepeople」でお馴染みのお笑い芸人、厚切りジェイソンさん。

IT企業の役員を勤める傍ら日本人の視点では発見できない外国人あるあるをネタにし、彼独自の視点で習慣を切った笑いを披露しています。

そんな彼の睡眠時間は3時間とも言われるほど。

早くからアメリカにおいて優秀な学歴を修めてきたジェイソンさん。

実力のみならず努力を重ね続けるエリート芸人の、納得せざるを得ない言葉の数々ご紹介します。

1.(日本人がエレベーターでボタンを押して後ろの人が先に降りるのを待つ行為について)その人がそこに立ってるからかえって奥にいる自分が出られない。先に出てくれた方がよっぽど親切だ

この事について彼は「そんなに気を遣わなくても良いのではないか、矛盾に感じる」と述べています。

アメリカではこの場合、先に自分から出るそうです。

確かに考えてみれば、効率化を考えた時にここまでしなくてもいいんじゃないかという日本独自の「親切」の文化もありますよね。

特に急いでいる時や緊急時などは丁寧な接客よりも効率性を重視してほしい時などもあります。

文化的側面から「おもてなし」をうたったり、また「サービス」として親切を売るという側面もあります。

しかしそれは時に窮屈で世界的基準からはかえって浮いて見える時があるというのも否めない事実です。

例えば海外で事故が起きた際に役職や立場に関係なく、不意に怪我人を助けたり無意識に救出しようと手を差し伸べたりする動画などがありますが、これらの自然体な行動こそが本当の意味で親切に値するのではないでしょうか。

事実、気を遣い過ぎて疲れてしまうのは日本の仕事事情における欠点です。

お互いもっとありのまま支えられる環境こそが効率化のためにも必要だという事です。

たとえそれが常識であれ文化に起因するものであれ、最も表面的なものであるのなら改善する余地があります。


2.人生を楽しんでいないつまり自分は何も考えていないイコールただ大きい組織の中の歯車のいっこに過ぎないので、別にいてもいなくても同じであり、入れ替わりはいくらでもいるというようなことになる。それは個々として大事にされない存在となる

この言葉は彼が日本の仕事について質問された際のトークの一節です。

若者が安定した企業へ就職することを望む傾向について彼はそれを「悲しい」事であると答えました。

古くから島国であった為、日本では協力することが重んじられています。

それが他に成す術もなく一つの生き残り戦術であったからです。

しかし一方で自分の意見を発言する事には臆してしまう傾向にあります。

自主性が足りないといえばそれまでですが、どうしても長いものに巻かれてしまうのでしょう。

彼の基準ではアメリカなどの仕事姿勢は「自分がやりたいか」が一つの軸なのです。

自ら発信していく人にとっては「安定」軸の就職活動は客観的に「悲しい」ものとしてとらえられてもおかしくはありません。

このこと自体が来日した彼にとっての大きなwhyに記録されてしまったようです。

しかし彼の言葉は同じ社会で働く人として、仕事に対する姿勢と自分の存在価値の重みを再認識させてくれるものではないでしょうか。

3.抵抗した方が無駄なことが無くなる

日本人の私たちは非常に慎重な面を持っています。

それはリスクを避ける為ですが、本当の意味では糾弾されるのが恐いからという理由があるのも事実です。

そのため、縛りが多く新しいことに踏み出す勇気も中々出ません。

こんなことを言ってもよいのだろうか、こんなことをしてもよいのだろうか。責任感が強くまた心配性でもあり、それは何かのプロジェクトに限らず常に何らかの対人関係で誰かを傷つけないか等と慎重に事を運ばせようとします。

会社や外の世界に対しても同じで、若手は上司に逆らわないように、上司は社長に逆らわないように、社長は本部の機嫌をうかがいながら地道に作業を重ねるのです。

これらは、幾つもの工程を踏み、段階や詳細な規則を作って完璧に管理させようとします。

ですから、少なくとも大きな失敗や責任を負うようなことは避けられますが、カットの少ないムービーカメラのように延々とくだらない工程が大幅なシーンを埋める事があります。

そうして完成したものを見ても結局何をしたかったのか、なにを伝えたかったのか不明瞭な時さえあります。

慣習の中の新参者は常に若者です。

彼らは新しい視点で体験したこともない組織に飛び込むわけですから、当然長らく同じ場面に居座っていた人たちよりはそこにおける違和感や不調和に何よりも敏感になれるのです。

しかし、既に存在するものを揺るがすことはその組織にとっての脅威になります。

不調和に気付いても内気な人は沢山いますから口を閉ざしてしまうことの方が多いでしょう。

しかし新しいものが作られる前には一旦は既存のものを一度崩す必要があります。

自動車の誕生の前には馬車の普及が途絶えますし、スマートホンやガラケーでもそれは同じことです。

少ない経験値で改善策を持ち出すのは前例の少ないことではありますが、アメリカの文化から見ればそれは既に定着した風習であり、それほど省く余地が様々な側面に隠されているという事を彼はこの言葉に託したのでしょう。


4.自分から出世できるよう色々たくらんでみたら、結構出る杭も打たれるのでは

自分から誰もしないような事を発明してみたらもっと有名になれるかもしれません。

最初のうちは呆れて罵倒するような人もいるかもしれませんが、とことん突き詰めていくうちに周囲の人もかえってその努力を認めてくれる時が来るかもしれません。

この際にモグラ叩きのように短所が改善され、あなたは人並みになっていますよ、と説きたいのかそれともみんなみんながアイディアマンになれば打たれる対象もいなくなりますよという事なのか、彼はどちらの意味で杭を例えているのかはよくわかりません。

ここでの「たくらみ」とは自分の意見や不満を通すクレーマーのように何かを陥れるという意味ではありません。

幼い子供がお母さんへのプレゼント企画を隠れて遂行するというような「たくらみ」のイメージであることを受け違わないように注意したいですね。

とことん無邪気に押しを逃れて取り組んでみれば全体的な風習に影響を与えられる結果に導くことができるかもしれません。

その結果、街の雰囲気が変わって行けばより風通しのよい居場所を広く実現できるのではないでしょうか。

5.日本のリンゴは甘い?アメリカのリンゴは味しないよ

これは質についてのトークで彼が取り上げたジョークです。

もちろん、味がまったくしないという訳ではないと思うのですが、あくまでも美味しさに違いがあると主張したかったのではと考えられます。

では何の為にジェイソンさんの国ではリンゴを食べるのか尋ねられた際、彼は「栄養?」と答えました。

諸外国と私たちの住む国を比べた時に、whyjapanesepeopleだけではなく、関心する面もあるとの内容でした。

それは、質の高さ。

実はこちらの方が礼儀云々よりも海外での評価が高い点ではないかと彼の言葉が改めて私たちに実感させてくれます。

何かを作ったらそれを精密に仕上げるところは日本人が本当に誇るべき技術力であると彼のみならず多くの外国人観光客が称賛しています。

確かに海外旅行に行ったり、スーベニアを受け取った事のある人は共感できるかもしれませんが、お菓子の形であったり縫製の線であったりといかに本国のものがこだわって作られているか実感する事ができます。

そこを彼も褒めています。

リンゴだったらそれが、海外のものは味を感じなくなるほど、比べてみて美味しいという事なのでしょう。

ですから日常的に時間がないから、持って帰れないからとフライドポテトやハンバーガーをゴミ箱に廃棄するのは、この国にいてとても勿体ない事です。

海外では本国のようには再現できない味のバーガーを、それでもゆっくり友人や同僚、店員との会話を楽しみながら実にスローに味わっているのですから食べ方に関しては逆に日本人は諸外国を見習うべきです。

そう考えると私たちの周りには消費しきれないグルメ、味わいきれない景色が、その大都会や整備された横断歩道にまで時間に埋もれこんで存在している事でしょう。


6.人に嫌われるのはしょうがない。自分だって嫌われているし、みんなもそうだ。しかし数人に嫌われても数十億人に嫌われているわけじゃない。よってその数人の為にエナジーを費やすべきではない

自分が認められていない状況というのはストレスを受け、また自分の行動を見限られ台無しにされた気分になります。

自尊心を無くし自信を失いがちです。

しかし考えてみれば、それは一部の相手から受け取った感情や対応であり、世界のあらゆる範囲で一個人に対してそうであるとは限りません。

もし世界を敵に回して一人が孤立している状態ならば世界は既にあなた一人を最後の取手に平和を大部分成し遂げているか、何等かに征服された状態であると言えます。

余裕がない状態では理解者の存在を自覚する事も難しいですが、自分がまさに対面している数人の為に執拗な悩みは要らないという見解です。

それよりも温存すべきは解決策を練るための余熱で、ジェイソンさんはツイッターの中で彼らしい楽観的な視点で人生相談にアドバイスしていました。

「自分のやりたいこと」を念頭に置けば、第三者が自分をどう思っているかは意外と気にならなくなるものです。

7.オレンジを絞るとオレンジジュースになるのは元々オレンジの成分が入っているから。同じく人を刺激し憎しみが出るのは元々その人の中に憎しみが入っていたからである。最初からその中に含んでいるものを愛情と理解に入れ替えておけば、何らかの刺激を受けてもそれは依然愛情と理解であり、それしか出ない

ジェイソンさんの成功がその学際のみにあったのではなく、彼を成功に導いた彼自身の人間性を伺える言葉になっています。

人間には負の側面と正の側面があり、環境によって表面的にどういった態度として現れるのかはその人によって左右されますが、私たちは反面その環境やそこから受ける刺激に関わらず自らの出方を選択する事も出来ます。

しかし、それには一定の方向性や特徴がありその個体性をよく示しているとも言えます。

猫だったら近付けば無言で逃げ去って行き、犬だったら駆け寄ってきます。

その特性にどちらが悪いという判断を私たちは下すことが出来ず、単に習性であると言えます。

人間にも、嬉しい時に泣く人もいれば言葉として表現できない悲しみに泣く人もいます。

また、恨みや悔しさを知られたくなくて涙目になる人もいます。

しかし因果がどんなに複雑なものであってもその人の中を伝う本質は、始終変わらないものです。

しかしその本質に向かう機会は幾らでもあるのであり、また選択する権利もあります。

それが何かの存在に対する憎しみよりは、対象をいつくしみ受容する事に重きを置いた方がその人自身の発信して行くものもそれに応じる結果を導くのでしょう。

憎しみも人間性の一部ですが、破壊的要素を含んでいることは否めません。

厚切りジェイソンの言葉に学ぼう

彼のツッコミやトークには単にネタとして私たちを笑わせるものだけでなく、日本人の自分もちょっとこう思って生活しているけれど、当事者だから言えないよなという本音がアメリカ人の彼によって面白おかしく説かれています。

毎日、仕事にビジネスに忙しいお疲れのあなた、日常の疑問や社会生活での行き止まりを感じたら時々彼の芸を傍らに笑って吹き飛ばしてみてはいかがでしょうか。

新たな視点で自分なりの「WhyJapanesepeople」を発見できること間違いなしです。